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たんぽぽ舎です。【TMM:No2657】地震と原発事故情報-6つの情報をお知らせします

Posted on Monday, December 7, 2015 No comments
たんぽぽ舎
10:29 PM
たんぽぽ舎です。【TMM:No2657】
2015年12月7日(月)地震と原発事故情報-6つの情報をお知らせします
                           転送歓迎
━━━━━━━
★1.関西電力 高浜原発 本気でとめる集会 1200人
   原爆の材料の兵器級プルトニウムを作る「もんじゅ」廃炉集会 750人
           柳田 真(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
★2.失格電源の原発は電力改革で淘汰されていく!
   放射能汚染拡散策も電力改革で不可能に!
   書籍の紹介・『電力改革と脱原発』熊本一規著
★3.関西電力の都合と再稼働のための中間貯蔵地新設計画を許すな!
                木原壯林(若狭の原発を考える会)
★4.高浜―大阪 リレーデモ 関電は原発再稼働やめろ
   全原発の廃炉訴え200キロ
★5.メルマガ読者からイベント案内(問い合わせは主催者へお願いします)
  ◆12/20【樋口健二さん&アーサー・ビナードさんコラボトーク講演会】
   『ニッポンの記憶の半減期』~この国の真相を撮り続ける写真家と、
   歌い続ける詩人が楽しく鋭く語ります スペシャルゲスト、山本太郎さん!
★6.新聞より3つ
  ◆高浜再稼働阻止へ気勢 福井で集会、1200名参加
                (12月6日県民福井2面より抜粋)
  ◆もんじゅめぐり専門家対談 抜本的見直し求める
                (12月6日県民福井2面より抜粋)
  ◆もんじゅ廃炉求め提訴へ 福井・滋賀住民、規制委を
                (12月5日東京新聞朝刊より抜粋)
━━━━━━━
※明日です!12月8日(火)第2回電力自由化問題連続講座
 「東電さん、さようなら講座」

 講師:熊本一規さん (明治学院大教授)
 日時:12月8日(火)19:00より21:00   参加費:800円
 会場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F)
━━━━━━━

┏┓
┗■1.関西電力 高浜原発 本気でとめる集会 1200人
 |  原爆の材料の兵器級プルトニウムを作る「もんじゅ」廃炉集会 750人
 └──── 柳田 真(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)

◎たんぽぽ舎と再稼働阻止全国ネットワーク10数名で、12月5日(土)2つの集会(ジョイント企画)に東京から参加しました。私の「もんじゅ」参加は、1995年のナトリウム火災以来、毎年通いつづけて20回目(20年目)になります。

◎「もんじゅ」集会は、繰り返され、かつ、たび重なる原子力機構の「もんじゅ」不祥事・機器の点検漏れ等々の中で、廃炉の声が高まり、絶好のタイミングでの開催でした。しかし、人数は「高浜本気でとめる集会」よりも500人ちかく少なく、「なぜだろう」と不思議に感じました。内容は、伴英幸氏(原子力資料情報室)と鈴木達治郎(前原子力委員会委員長代理)の対談、他でした。その要旨は他の機会に。(後段の新聞記事も参照)

◎高浜原発3.4号機の再稼働を本気でとめる全国集会とデモは、「もんじゅ」集会のすぐあと、すぐ近くの公園で開かれました。参加者は1200人。デモは10グループにわかれた福井駅近くまで行進。再稼働阻止全国ネットワークは、主催者の指示で単独で第4グループを形成し街宣車がついて、60人から70人で、新しく作った横断幕=「高浜原発再稼働反対・電気は足りている-再稼働阻止全国ネットワーク」を掲げて行進しました。青森や関西各県の再稼働阻止全国ネットワークの仲間が参加して人数が増えました。
 集会は、講談師神田香織さんの軽妙な司会で進行、主催者を代表して、中嶌哲演さん(明通寺住職)が熱弁、中央団体として、さようなら原発1000万署名アクションと原発をなくす全国連絡会の発言の次に、再稼働阻止全国ネットワーク代表として柳田(出身はたんぽぽ舎)が高浜原発を廃炉にするため、3つの点で電力会社を攻めようと主張しました。
 第1.高浜原発は危ない原発だ。基準地震動が620ガルと低く地震に耐えられない。津波想定も6.2mと低い。高い津波に耐えられない。
    かつ、プルサーマル運転で危険だ。プルサーマルを扱うと危険がずっと高まる。
 第2.戦争法案と原発は密接だ。原発ご三家(東芝、三菱重工、日立)は兵器生産でも大手企業だ。
 第3.来年4月から電力自由化になる。原発電気を選ばなくてもよいことになる。原発電気をやめるチャンスだ。原発電気でない新電力会社から買おう。契約変更は原発電気会社を攻めるいい運動になる。
 他に、福島の武藤類子さん、青森の中道雅史さん、高浜-関西電力本社リレーデモ実行委員会の木原壯林さん。

◎集会のあとのデモは福井駅ちかくで解散。そのあと、再稼働阻止全国ネットワークは、関西・北陸会議を開きました。東京の事務局も含めて30名弱が参加。熱気のこもった討論をレジメと資料に基づいて3時間おこないました。詳細は次号に。


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┗■2.失格電源の原発は電力改革で淘汰されていく!
 |  放射能汚染拡散策も電力改革で不可能に!
 |  書籍の紹介・『電力改革と脱原発』熊本一規著
 └────

  政府の「エネルギー基本計画」は原発を「重要なベースロード電源」と位置づけるが、原発がなくても電気は足りるし、原発は高コスト、かつ「ベースロード電源」の要件を満たせない失格電源である。
 そのうえ、電力改革に伴い、発電事業が自由化されるため、原発は淘汰されていく。同時に小売事業も自由化されるため、消費者は不買運動で原発企業を潰せるようになる。
 また国は、放射能で汚染された廃棄物の規制を大幅に緩和し、通常廃棄物と同様に処理・リサイクルを行なえるようにして、汚染を全国に拡散させている。しかし、こうした国の原発企業救済策も電力改革後には不可能になる。
 本書は、政府のまやかしの論理を理論的・実証的に論破し、脱原発・脱汚染こそが未来のエネルギー環境政策の基本であることを立証する。
           (以上、書籍の帯より) 緑風出版発行 2200円+税

 目次の紹介
 第1章 エネルギー基本計画を批判する
 第2章 電力システム改革とは何か
 第3章 電力システム改革は脱原発を促進する
 第4章 放射能汚染の拡散と脱汚染

☆明日です!12月8日(火)第2回電力自由化問題連続講座
 「東電さん、さようなら講座」

 講師:熊本一規さん (明治学院大教授)
 日時:12月8日(火)19:00より21:00   参加費:800円
 会場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F)


┏┓
┗■3.関西電力の都合と再稼働のための中間貯蔵地新設計画を許すな!
 └──── 木原壯林(若狭の原発を考える会)

◯関西電力の都合と再稼働のための中間貯蔵地新設計画を許すな!

   関西電力は、溜まり続ける使用済み核燃料の中間貯蔵地を、京都北部などの福井県外に新設する計画を公表した。
 これは、福井県外に中間貯蔵地を設定することで、福井の県民や自治体を納得させ、原発再稼働への同意を得やすくしようとする策謀である。
 ・関連新聞記事    (11月21日京都新聞より見出し)
  関電、福井県外に中間貯蔵 使用済み核燃 京都の自治体反発

◯若狭、関西、北陸、中部、中国など広域の住民の生命と財産を犠牲にし、司法の判断をないがしろにする高浜町長の同意を弾劾しよう!
 野瀬高浜町長は、「再稼働の同意権」を立地自治体以外に広げることに反対した(12月4日京都新聞)。周辺自治体住民の生命と尊厳を軽んじる許しがたい暴言である。
 ・関連新聞記事    (12月4日京都新聞より見出し)
   高浜町長、再稼働同意 3,4号機「国が責任、確認」
  国や関電説明必要 府知事  国回答の上判断 舞鶴市長


┏┓
┗■4.高浜―大阪 リレーデモ 関電は原発再稼働やめろ
 |  全原発の廃炉訴え200キロ
 └────

 「高浜―関電本店リレーデモ」が最終日の11月20日、関電本店前に到着。午後6時半から「関電包囲大集会」がひらかれ、1000人が集まった。
 主催者あいさつで、小林圭二さん(リレーデモ大阪実行委員会呼びかけ人)は、「このリレーデモは画期的な試みであった。これまで点でしかなかった声を線につなげ、地域地域での交流を深めることによって、点が面にひろがるという展望を持った一大運動となった」と振り返った。
 つづいて、リレーデモを各地で準備した5つの実行委員会(福井、滋賀、京都、高槻、大阪)から、それぞれ報告。さらに、5月に九州で「川内原発再稼働反対」の九州縦断デモをおこなった〈川内の家〉岩下雅裕さんが発言。

▼電力消費地から声を
 中嶌哲演さん(原子力発電に反対する福井県民会議代表委員)は「電力消費地・関西1500万人の声なくして、原発の息の根を止めることはできない」と消費地住民の奮起を訴えた。
 宮下正一さん(同・事務局長)は、「まわりに輝く電気(の光)を見て下さい。しかし今、関西電力の原発は1つも動いていない。これが事実なんです。原発がなくても電気は確保できる、経済は確保できる、これが今証明されている。原発の安全は、動かさないことが一番安全だ。高浜原発仮処分異議審での勝利をもぎとり、再稼働を止めよう。もんじゅを廃炉に、高浜を廃炉に、12月5日、全国集会(於:福井市内)に集まって下さい」と呼びかけた。
 最後にまとめをリレーデモ呼びかけ人の木原壯林さんがおこない、「リレーデモで点から線になった。この線を燎原の炎のごとく拡大し、電力会社、財界、安倍政権を震撼せしめ、彼らの原発への野望を根絶したい。原発は人間が動かしている。自然災害とは異なる。自然災害を止めることはできないが、原発は人間の意思で止められる。事故がおこってからでは遅い。全原発の即時廃炉をたたかいとろう」とアピールした。

▼高浜町から大阪市まで
 11月8日に関電高浜原発(福井県高浜町)を出発した「高浜―関電本店リレーデモ」は、再稼働反対を訴えながら200kmの道のりを13日間かけて歩きとおし、20日、関電本店前に到着した。
 リレーデモは、行く先々で予想外の歓迎を受け、玄関や軒先から手を振る住民、カンパを持って追いかけてくる方々、差し入れなどがあった。また、そのまま行進に参加し、一定区間同行した人たちもいた。再稼働に不安をもち、反対している人があちこちにいることがわかった。
 リレーデモ実行委員会によれば、賛同は個人295、団体59。参加者は13日間でのべ900人ちかく。全行程歩き通した人2人、1日だけ休んだ人3人。申し入れた沿道の自治体は17に及んだ。若狭から大阪まで、点であった原発反対運動を細いながらも線で結ぶことができた。この線は努力次第でどんど太くできるとことを実感した取り組みであった。 (機関紙『未来』12月3日号より転載)


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┗■5.メルマガ読者からイベント案内(問い合わせは主催者へお願いします)
 └────

 ◆12/20【樋口健二さん&アーサー・ビナードさんコラボトーク講演会】
  『ニッポンの記憶の半減期』~この国の真相を撮り続ける写真家と、
  歌い続ける詩人が楽しく鋭く語ります
  けっして楽観できない日本のこれからを~
  「今年も 何もかも忘れちゃうのか!?」
  そして、スペシャルゲストに、山本太郎さん!

 ☆16時~受付開始と樋口さんの写真と貴重映像観覧タイム
 ☆16時半~17時半 樋口さん、アーサーさん、太郎さんの3人の
          talkディスカッション実現!
 ☆17時半~21時 休憩を挟みながら樋口さんtalk、アーサーさんのtalk

日 時:12月20日(日)16時~受付開始? 16時半開演? 21時終了予定
場 所:専修大学神田校舎7号館大学院棟3階
入場料:予約(前日まで)1500円、当日2000円、学生割引1000円
主 催:Mamademo(ママデモ)  E-mail:happymamademo@gmail.com
ご予約は、こくちーず
http://www.kokuchpro.com/event/e51b9fe7dd8e8fa32bb775947b439912/
よりお願いします
また、ホームページ(kenjihiguchi.jimdo.com)のメールフォームからどうぞ!


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┗■6.新聞より3つ
 └────

 ◆高浜再稼働阻止へ気勢 福井で集会、1200名参加

  関西電力高浜原発3.4号機(高浜町)をめぐり、再稼働阻止を訴える住民らの集会が5日、福井市花月一丁目の西公園であった。全国から参加した1200名(主催者発表)が再稼働しないよう求めた。 (中略)
 実行委の代表を務める「福井から原発を止める裁判の会」の中嶌哲演さん(73)=小浜市=は「取り返しのつかない被害地元になる前に立ち上がろう」と呼び掛けた。(中略)
 集会後、運転差し止めの仮処分決定の異議審の舞台となっている福井地裁前などをデモ行進した。
 敦賀市の高速増殖原型炉「もんじゅ」の廃炉を求める集会も同時開催。参加者は「無駄に危険なもんじゅは廃炉に」とシュプレヒコールを上げた。

  全国から集まる

  関西電力高浜原発3.4号機再稼働阻止を訴えた集会。全国から集まった各団体の代表者らが参加者とともに気勢を上げた。(中略)
 脱原発を目指す市民団体「たんぽぽ舎」(東京都千代田区)の柳田真さんは「来年4月から電力自由化となり、原発電力を買わずにすむ。原発を進める電力会社にとってそれが痛手になる」と述べた。
 最後に「福井地裁の運転差し止め仮処分決定を順守し、本気で止めるよう強く訴える」とのアピール文を採択した。
    (12月6日県民福井2面より抜粋)


 ◆もんじゅめぐり専門家対談 抜本的見直し求める

   高速増殖原型炉もんじゅ(敦賀市)の廃炉を求める全国集会が5日、福井市春山二丁目の市文化会館で開かれた。長崎大核兵器廃絶研究センターの鈴木達治郎センター長と原子力資料情報室の伴英幸共同代表が対談した。 (後略)
      (12月6日県民福井2面より抜粋)


 ◆もんじゅ廃炉求め提訴へ 福井・滋賀住民、規制委を

   福井県敦賀市の高速増殖原型炉「もんじゅ」をめぐり、同県や隣接する滋賀県などの住民が原子力規制委員会を相手取り、原子炉設置許可の取り消しを求めて年内にも訴訟を起こすことが分かった。提訴先は東京地裁が有力となっている。 (後略)
      (12月5日東京新聞朝刊より抜粋)

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辺野古 抗議の男性けが 機動隊の頭ぶつかる

Posted on Sunday, December 6, 2015 No comments
辺野古問題取材班】名護市辺野古への移設に伴う新基地建設で7日、米軍キャンプ・シュワブ前で抗議中の男性(36)の左目下に機動隊の頭がぶつかり、出血した。男性は頭のふらつきを訴えたため、救急車で搬送され、4針縫った。
 移設に反対する市民ら約100人は同日、米軍キャンプ・シュワブの旧ゲート前に座り込んだが機動隊約150人により力ずくで排除された。その際に、割栗石(わりぐりいし)を積んだダンプやクレーン車、コンクリート資材を積んだトレーラーなど工事関係車両20数台が基地内に入った。
 大浦湾の浜では作業員が重機の周辺に集まる姿が確認された。【琉球新報電子版】

from  http://ryukyushimpo.jp/news/entry-184324.html

和解に向けて(Towards Reconciliation)~アジア太平洋戦争終結70周年~

Posted on Saturday, November 28, 2015 No comments
10月17日バンクーバーで行われた高嶋伸欣氏(琉球大学名誉教授)の講演に出て、高嶋氏にインタビューもしてまとめたレポート、地元のライター原京子さんによるものです。


原 京子

10月17日(土)に、バンク―バー・ユニタリアン教会に於いて、日本より来加した高嶋伸欣氏を招いての講演会「和解に向けて(Towards Reconciliation)~アジア太平洋戦争終結70周年~」が開催された。
講演より。高嶋伸欣氏と、通訳の乗松聡子
(写真提供 BC ALPHA)

琉球大学名誉教授である高嶋氏は、元高校社会科教員としての経験を生かし、教科書執筆や教員養成に取り組むと共に、40年以上もの間、戦争の傷痕に学ぶマレーシア/シンガポールの旅を主催、日本軍占領時代の歴史や戦争の記憶の調査研究や出版にも関わってきた方である。

講演会では、40年に渡り東南アジアを訪れる中で、高嶋氏が人々と分かち合ってきた経験を伝えていただいた。会場には、中国各地、韓国、シンガポール、マレーシア、フィリピン、先住民、日系人、そしてヨーロッパ系カナダ人ら100人余が参加し、それぞれの立場から今後の自分自身の歩み方について、前向きに考える貴重な時となった。
講演会の報告とともに、高嶋伸欣さんがこれまで歩んでこられた人生について、レポートさせていただこうと思う。そこには、教員として、歴史家として、そして人間の生き方として、私たちの学ぶべきものが多くあるからである。

Ⅰ 社会科教員としての歩み
1910年 高嶋氏の父、高島信太郎と妻ハナ
(パスポート写真)
1942年4月、太平洋戦争が始まって数か月の時に東京・杉並に生まれた。幼かった高嶋氏自身には、辛い戦争の記憶はあまりない。父親はバンクーバー郊外のリッチモンド市ステイーブストンの日本語学校の初代校長として文部省から派遣され、1910年12月から10年間をカナダで過ごしている。バンクーバーは、高嶋氏にとって特別な思いのある場所だったそうである。(今回の来加時に、高嶋ご夫妻は現在も存続しているステイーブストン日本語学校を訪問された。)

大学時代、地理学を専攻していた高嶋氏は日本全国を旅して回った。九州から北海道まで、各地を見聞した。農村の人々と話す機会もあり、戦後に海外の植民地から引きあげてきて農業を営んでいる人たちに出会った。この人たちは、急斜面や泥炭地など普通は農地にしないような場所で農業をしていかなければならない状況にあった。「日本の社会にこんな苦しんでいる人がいるのだということを、社会の授業では聞いたことがなかった。そういう勉強ができる場を作りたいと思いました」。こうして高嶋氏は、社会科の教員への道を歩み出すことになる。

大学院在学中から、正しいと信じたことはとことん主張した。相手がたとえ教授であっても妥協せず、納得のいくまで議論を重ねて真実を追及した。そんな高嶋氏の気骨ある精神が評価され、東京教育大学(現・筑波大学)付属高等学校の社会科教員に採用される。
主体性を持ってユニークな教育を行っていた社会科教員のグループの中に入り、“教科書通りの授業をしない”という方針のもと、充実した授業作りに専念した。

教科書を使わず独自のプリントを使う授業をする中で、生徒の中から“自分の都合のいいところだけを取り出して教えているのじゃないか?抜き出している部分の前後を見せてほしい”という厳しい要望が出たことがあった。納得してもらうためには、さらに勉強し生徒を納得させる“証拠”を示していかなければならない。すべての授業が真剣勝負である。「権威ある学者が言っているから、とか、教科書に載っているからではだめなのです。自分の頭で考えて納得してもらえる授業作りをしなければなりません」。30年もの社会科教師としての経験は、高嶋氏を知る上では切り離せないものである。「歴史というのは、年号を覚えるだけじゃない。そこにどんな人がいたか、どうしてそうなったか、それがどんな意味もつのか、それを考えることで歴史が立体的に見えてくるのです」。そして、そこからまた現在の私たちの進むべき道も見えてくるのである。

Ⅱ 東南アジアとの関わり
東南アジアのイメージがどんなものか、生徒からアンケートをとったことがある。経済的に貧しい、犯罪が多い、不衛生、文化水準が低いなど、大人のアジア観がそのまま映し出されていた。”能力的にも日本は優秀だ“という間違った思い上がりをなんとかしなくてはならないと思ったが、いきなりそのことを言っても答案やレポートで要領よく答えるだけで、解決にはならない。どうしたらわかってもらえるだろうかと考えていた。

1975年、東南アジア訪問の機会がやってきた。兄がバンコク(タイ)の大使館に赴任し、そこを夏休みに訪ねた。バンコクから国際列車でマレーシアに行き、授業の教材とするスズ鉱山やゴム園などの写真を撮るのが目的だった。

食堂に入り食事を頼んでいると、ひとりの人が近づいてきて「日本人か?」と尋ねる。そうだと答えると、「このあたりで、日本人が住民を殺したのを知っているか?」と言う。そういうことはありうるだろうと思いながらも、「知りません」と言うと、その人が街中の追悼碑に連れて行ってくれた。文字の拾い読みだったが、確かに日本兵が虐殺を行ったいきさつの記されている追悼碑であった。

日本に帰国して調べてみたが、資料がまったくない。当時、東南アジアの日本軍の戦跡を扱っていた研究者や記者は、ほとんどいない状態だった。「これは、自分で調べるしかないと思いました」。この時から、高嶋氏の毎夏の東南アジアの訪問がはじまった。

2014年8月15日、クアラルンプール市内の追悼式で

初期の頃は、レンタカーを借りてひとつひとつ墓地を訪ね、虐殺のあった現場にも一人で行くことが多かった。「なぜ日本人がここに来たのか?」と責められ、石を投げられたこともある。しかし、「日本人の中にもこういう人がいるのだから」と守ってくれる現地の人もいた。訪問を続けていく中で、「学校教師として、日本の侵略の事実を日本の生徒たちに正しく伝えたい」ということが少しずつ理解してもらえるようになり、情報集めに協力してくれる人が現れてきた。現地の若い新聞記者たちの中にも、「日本人がやっているのだから、地元の我々自身が調べていくべきだ」という動きが出てきて調査が進むようになり、現在ではマレー半島、シンガポール、東マレーシア(ボルネオ島)の各地で、日本軍による住民虐殺の追悼碑・墓地が70か所以上も確認されている。

日本人の教員仲間からも、一緒にやろうという人が出てきた。1982年には、教科書検定で日本軍の“侵略”を”進出“に書きかえさせたという出来事があり、中国や韓国からの抗議が強く起こっていた。「このことに関しては、我々ひとりひとりにも責任がある。間違った教育はしないで、教科書に書いてある無しに関わらず、真実を伝えていこう」という教員仲間らが集まり、1983年から“東南アジアに戦争の傷跡を訪ねる旅”を始めることになった。第1回目には、30名以上の参加者があった。このツアーは、今年の夏で41回目を迎えた。 

Ⅲ 講演会「和解に向けて」より
10月17日の講演会では、高嶋伸欣氏のこれまでの調査結果や経験が紹介された。語りつくせない中からのほんの一部であるに違いないが、たいへん印象深いものであった。

*歴史修正主義に対抗していくには
戦後の日本は、憲法により二度と戦争はしない国になったと説明をしているが、近隣諸国では、“日本には軍国主義が残っている”という警戒心を持ち続けていることを、東南アジアに行くと痛感する。日の丸、軍旗、靖国神社などは、辛い戦争の記憶を思い起こさせるものであることに、日本人自身は気づいていない。

シンガポールのリー・クワンユー首相は、1990年の講演の中で「日本の社会の指導者たちが戦争を知らない世代にすっかり入れ替わった時には、再び軍事力を強化する国になるだろう」と予測して、世界中に注意を呼びかけた。
シンガポールの新聞『聯合早報』に載った
リー・クワンユー首相の言葉


現在、その予測通りのことが起きているが、日本国内ではそのように世界から見られていることに、ほとんど気づいていない。

日本軍が戦争中にどのような加害行為をしたか、マスコミや歴史教育で伝えてこなかったことがひとつの原因。また、歴史的な事実を歪めたり隠したりする「歴史修正主義」が、一部の政治家やマスコミによって力を持ってしまっていることも大きい。1983年からは教員や関心のある一般の人・高校生から参加者を募って、“東南アジアに戦争の傷跡を訪ねる旅”を始めることになった。こうした歴史的事実の歪曲や隠蔽に対しては、ひとつひとつ調査を重ねていき証拠を挙げていくことが必要なのである。

*誤った歴史の認識
太平洋戦争は、真珠湾で始まったと一般に認識されているが、実はマレー半島から始まっている。

日本軍の真の目的は、石油・鉄鉱石などの資源をもつ東南アジアを手に入れること。そのための侵略戦争であった。真珠湾奇襲の前に、マレー半島のコタバルで開戦していたことは、歴史家の間では認められている事実である。東南アジア占領を邪魔するアメリカ海軍の根拠地である真珠湾を奇襲したにすぎないが、そこから開戦したように言われているために、太平洋戦争の目的が本当は東南アジアの侵略であったという事実を、見落としてしまいやすくなっている。

現在の日本の歴史教科書には、マレー半島から侵略を開始した日本軍による加害の事実が具体的に記述され、住民虐殺の追悼碑の写真も掲載されるようになった。真珠湾攻撃よりもマレー半島での戦闘開始が早かったことも、大半の教科書に記載されている。少しずつ歴史の事実が伝えられてきているが、高嶋氏らがこれらの事実を指摘し始めてから正確な記述がなされるまでに、30年以上の時間を要した。(高嶋氏は、政治力に左右される教科書検定制度に違法性があるとして、1993年に文部大臣を被告とする教科書裁判もおこしている。)

*日本軍の行った虐殺の証拠
日本軍は“敵性華僑狩り”(Hunting of Enemy Chinese)という軍事作戦をシンガポール・マレー半島で行っていた。「人目につきにくい場所にいるすべての中国系住民を(女性・子供・老人も含めて)その場で殺害せよ」というものである。明らかに国際法(ハーグ陸戦条約・1907年)違反である。
広島の陸軍歩兵第5師団第一大隊第7中隊の公式記録
『陣中日誌』

高嶋氏らは、これらの虐殺が軍の公式命令によるものであった証拠を1987年に日本で発見した。広島の陸軍歩兵第5師団第一大隊第7中隊の公式記録『陣中日誌』である。この中に、日本軍が毎日行っていた虐殺の様子が、具体的かつ明確に記述されていた。
現在では、東南アジアでの日本軍による住民虐殺を、歴史修正主義者でも否定することはできなくなっている。

*和解に向けて
長年に及ぶ高嶋伸欣氏らの地道な働きにより、埋もれていた歴史が堀り起こされ、また加害者として認識されていた日本人と現地の人々との間に信頼関係が築き上げられてきたことは特筆に値する。

・スンガイルイ(Sungai Lui)集団墓
1942年8月、マレーシア・ネグリセビラン州の田舎町スンガイルイに突然日本兵が現れ、村人を集め、中国系住民だけを並ばせて機関銃で撃ち殺すという事件があった。その後長く密林化していた犠牲者368人の墓が、1984年に見つかった。

戦時下の日本軍は、中国系、マレー系、インド系の住民を互いに反目させる民族分断策をとっていたため、そのしこりがマレーシアには今でも残っているという。スンガイルイ墓地を訪れる中国系の人々を、現地のマレー系農民が嫌い、一時は警察が常駐するほどの険悪な事態にまで及んだ。しかし、マレー系の村長・ムヒデイン氏が「民族や宗教は違っても死者を葬る墓の尊厳に変わりはない」と住民を説得し、墓のある土地を墓地公園用地として譲ってあげようということになった。ムヒデイン氏は、16歳の時に、駅前広場で中国系住民が虐殺されるのを目撃しており、高嶋氏らにその体験を涙を流しながら語ってくれた人だという。

墓地の整備にあたり、日本国内にも「加害者側の日本人として償いたい」と呼びかけたところ、個人や団体から寄付が寄せられた。事件の加害者であった日本側からの寄付の申し出は、断られることも予想されたが、中国系の村長・林氏は「喜んで受ける」と言ってくれて、和解と協力のもと、現在スンガルイ集団墓はきれいに整備され守られている。
橋本和正さん家族と、スンガイ・ルイの林村長(右)
2015年8月(写真提供:鈴木晶)

・橋本和正(はしもと かずまさ)さんのマレーシア訪問
スンガイルイ虐殺の日本軍指揮官で、戦後に戦犯として処刑された橋本忠少尉の甥・橋本和正さんが、2012年8月第38回目のマレーシア・ツアーに広島から参加した。甥として戦争責任を忘れられないと追悼行事に参加したが、どんな仕打ちを受けるかと心配もしていた。ところが、「辛い立場であるのに、よく来てくれた」と歓迎され、「この事実をきちんと語り継いでいって欲しい」という林金發村長と固い握手を交わした。3年後の今年に、橋本さんはご家族と共に再びツアーに参加しスンガイルイを訪問している。

・被爆者沼田鈴子さんのマレーシア訪問
広島在住の沼田鈴子さんは、1989年のツアーに参加した。ご自身が被爆者であり、建物の下敷きとなって片足を失っている。「原爆投下の3年前に、地元広島の部隊が行ったマレーシアでの行為を知り、被爆者としてでなく、加害者として謝りたかった」という沼田さんの現地でのスピーチに、そこに集まっていた参加者全員が総立ちになり駆け寄って歓迎するという、感動の場面に高嶋氏は立ち会った。(沼田さんのマレーシア訪問についての詳細はこちらへ)
沼田鈴子さん

Ⅳ 高嶋伸欣先生から学んだこと
今回、高嶋伸欣氏のお話しをうかがい、改めて痛感させられたのは、“正しい歴史を学ぶことの大切さ”である。

私自身、自分の受けた教育の中では日本の戦争責任について学んだ記憶がない。私事であるが、私の夫は在日朝鮮人であり、結婚するにあたり夫の家族から「日本人だから」という理由で猛反対を受けた。はじめは、なぜ日本人だという理由で反対されるのかと憤りを感じたりもしたが、そこで初めて自分で歴史を勉強してみて愕然とした。日本軍の犯した過ちにより、どれほどの痛み苦しみが現在にまで残されているのかを知り、日本人として打ちのめされる思いだった。ショックではあったが、そのことを踏まえて、時間をかけて少しずつお互いの人間関係を作り上げていくことにより、今は亡き義父・義母と、とても良い関係を作り上げることができたと思っている。まず、事実を知り、受け止めることが第一歩なのだと思わされる。

日本の中にいると、他国の歴史に気を遣わずに済まされてしまうことが多い。今回講演会の行われたバンクーバーは、多民族が共存する多文化都市であり、講演会会場にも様々なバックグラウンドの参加者がいた。被害者である中国系の参加者、加害者である日系の参加者が、隣同士に座っているということが起こる。それが、当たり前の光景なのである。
一歩日本という国の外に出れば、私たちは嫌でも“日本人”としての看板を下げなければならない。日本人としての歴史について、「知りませんでした」では済まされない場面に出会うことも多い。公園のベンチに座っていて、たまたま隣に腰かけていた中国系のご婦人に、「あなた、昔、中国で日本人が何をしたか知っている?」と問われる、ということが実際に起こる。こんな時に、歴史を知っていて対応できるか否かで、本当に大きな違いがある。

国際化が叫ばれる現在、日本人として自国の歴史に無頓着ではいられない。“知らない”ということは、時に人を傷つけ、亀裂を深めることになる。”知らない“ということは、大変無責任で恥ずべきことだと思う。

帰国時バンクーバー空港で
高嶋伸欣・道夫妻
また、今回高嶋氏から教えていただいたのは、「和解はできる!」という希望のメッセージだった。長年に及ぶ地道な働きの中で、高嶋氏が積み上げてきた地元の方々との信頼関係は、胸に迫るものがあった。気の遠くなるような、丹念な誠実な作業の積み重ねであったに違いない。高嶋伸欣氏らの誠意と努力がしっかりと受け止められているということは、私たちにとって大きな希望である。信念をもって歩まれている高嶋氏の人生から、多くを学ばせていただいた。

「反日」なる言葉が氾濫している昨今である。日本に都合の悪いことを指摘する人を、すべて「反日」とする傾向である。過去の過ちに蓋をして、日本があたかも非の打ちどころのない国とすることが果たして「愛国」なのだろうか?

ネット上で高嶋氏を「反日」と呼ぶ投稿を見る。日本軍の傷痕を、真実を掘り起こすことによって、このようにして、現地の人々との信頼関係を築きあげ、“日本”というかつて加害者であった国への恨みを和らげ、日本人の悪いイメージを改善させてきた高嶋氏を「反日」と呼ぶのは大きな間違いである。

真の「愛国者」であるのなら、正しい歴史を受け止め、その上で日本という国の価値を高める努力をするべきではないか。間違った愛国、間違った歴史認識は、ますます日本の評価をおとしめることになる。高嶋氏たちのような誠実な働きの積み重ねこそが、「日本」という国を草の根から再認識・再評価されるように動かす力なのだと感じる。

現在の歴史修正主義の横行、日本政府の方針は、「日本人としての責任問題である」と、高嶋氏は指摘する。私たちひとりひとりが日本人としての自覚を持ち、自分たちの歴史に責任を持たなければならないことを痛感させられた。そして、各自が新たなる一歩を踏み出さなければならない。

最後に、遠く日本からバンクーバーまで足を運び、私たちに力強いメッセージを届けてくださった高嶋伸欣先生、志をもった教員の方々が作り上げられた素晴らしい教科書・『ともに学ぶ人間の歴史』(学び舎発行)をご紹介くださったおつれあいの高嶋道先生、今回の企画を主催してくださったアジア太平洋戦争終結70周年バンク―バー実行委員会の皆様とピース・フィロソフィー・センターの乗松聡子さんに、心から感謝いたします。

はら・きょうこ
フリーランス・ライター。神奈川県出身。1990年、在日コリアンの夫と結婚。1994年、渡加。現在は、バンクーバー郊外に在住。異文化の中での5人の子供の子育ての経験を通して、主婦として母としての視点から、情報を発信。バンクーバー九条の会・会員。平和を考える会「White Rock の会」・共同主催

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たんぽぽ舎です。【TMM:No2649】地震と原発事故情報-5つの情報をお知らせします

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たんぽぽ舎です。【TMM:No2649】
2015年11月28日(土)地震と原発事故情報-5つの情報をお知らせします
                           転送歓迎
━━━━━━━
★1.自然災害については「起こりえる最大級を想定しなお安全確保が
   出来ることが条件」とされているにもかかわらず
   津波対策をしていなかったことは言い逃れできない
   地震・津波は「予見可能」だった 政府事故調聴取録から読み取る
                       山崎久隆(たんぽぽ舎) 【上】
★2.11/30伊方原発について規制委員会へ異議申し立て
   東京圏の皆さん、記者会見に応援をお願いいたします
              堀内美鈴(伊方原発50km圏内住民有志の会)
★3.裁かれるべきは国のあり方の方だということ
   あらためて沖縄近現代史から学ぶということ
   国による翁長沖縄県知事提訴から思うこと
             毛利孝雄(沖縄大学地域研究所特別研究員)
★4.メルマガ読者からイベント案内(問い合わせは主催者へお願いします)
  ◆12/10【福島原発告訴団 国の責任も問う!東京検察審査会激励行動】
   (日時)12月10日(木)12:00から13:00
   (場所)東京地方裁判所前
★5.新聞より
  ◆事故 終わっていない
         (11月28日東京新聞1面「金曜日の声・官邸前」より)
━━━━━━━
※12/2「東京電力は福島第一原発事故の責任をとれ」
 第27回東京電力本店合同抗議行動
    東電解体!汚染水止めろ!柏崎刈羽原発再稼働するな!
    原発再稼働は日本を滅ぼす
 日 時:12月2日(水)18時30分より19時30分
 場 所:東電本店前(JR・地下鉄新橋駅徒歩5分)
 よびかけ:経産省前テントひろば・たんぽぽ舎
 賛同団体:東電株主代表訴訟など約122団体
━━━━━━━

┏┓
┗■1.自然災害については「起こりえる最大級を想定しなお安全確保が
 |  出来ることが条件」とされているにもかかわらず
 |  津波対策をしていなかったことは言い逃れできない
 |  地震・津波は「予見可能」だった 政府事故調聴取録から読み取る
 └──── 山崎久隆(たんぽぽ舎) 【上】

   ※たんぽぽニュース11月号より
    1.はじめに 2.吉田調書に見る「東京電力の立場」を掲載。
    「3.共通理解はどこまであったか 4.認識の欠如」は次回に掲載。

1.はじめに

  東京電力福島第一原発事故は、原子力災害として史上最悪の「原発震災」だったが、これが「予見できた」のか、加えて「規制当局がちゃんと仕事をしたのか」が問題となっている。人災といっても今のところ誰も責任を取っていない。その追及は一つは、告訴団による告訴で「刑事責任」の追及で、もう一つは取締役への責任追及で行われている「株主代表訴訟」の場において。
 元来、原子力開発は大事故を起こさず、または大規模核災害を未然に防止することが出来る対策を取った上で進める責任を負う。会社の役員には「善管注意義務」があり、規制当局には事故を未然に防ぐための法令執行の義務がある。国会にはもちろん立法責任がある。
 しかしながら、これらの責任が、きちんと追及されていない現在、原発を再度動かすなど論外である。まず引き起こした事故の責任を取ることからはじめるべきだ。
 特に、東電については当然ながら「原子炉運転許可の取り消し」(能力欠如による許可の取消処分・原子炉等規制法第46条の3の6 第一項第四号の不適合)がされるべきである。また、立地点の環境条件によっても立地不可とされる。
 例えば活断層が真下にあるとか、巨大津波に襲われる危険性があるなど、およそ立地不適な環境条件はある。
 政府事故調査委員会において772名の聴取結果書が作られたが、これらが事故調査報告書では極めてわずかに触れられているだけだ。吉田元所長の記録に始まり、徐々に同意を得て公開されてきたが、吉田調書だけでは一本の線でしか見えなかった事故発生前の津波対策への姿勢が、立体的に見え始めた。特に経済産業省原子力安全・保安院の小林勝室長の「貞観津波の再来リスクを検討するよう提案したが、妨害された」あるいは名倉審議官の証言でプルサーマル推進(国策)が最優先されたため津波対策の検討が、はじき飛ばされたことも明らかになっている。

2.吉田調書に見る「東京電力の立場」

  東電がどう考えていたかは、2006年4月から2010年6月まで原子力設備管理部長だった吉田氏の調書に端的に表れている。
 『○吉田所長 保安院などというのは、大体、自分はあれしないで、先生の意見だとかを楯にして、基木的には責任逃れするような役所ですから、こんな文章になっていますよという話で、しょうがないではないかという話ぐらいのことです。【中略】
 プレートが連動して地震が起こる場合を考慮するとか、あるいはマグニチュード8ではなくて、9に至るまでのものが太平洋の沖の方で起きる可能性があるとか、そういうことを言っている学者はいるんですか。』
 問題は単なる地震の大きさでは無く、原発に危機的状況をもたらす津波が来るかという観点であるのなら警鐘を鳴らす学者は何人もいた。吉田調書を読むと、津波という非常に揺らぎの大きな自然現象にも関わらず極めて確定的な考え方をしていることが分かる。特に「工学者」「理学者」の違いを語る部分では、「ある」「無し」で極端に意見が違う場面があるなどとしている。それに対して工学者はパラメータを与えられなければ作れない。そのような違いがあるとする。しかしこれが津波の大きさを確定的に捉え、ある高さまでしかこないという決めつけに繋がる。土木学会でも「確率的評価」を検討していたし、東電でも同様に試計算をしていたが、吉田氏は無視している。
 これに対して島崎邦彦氏は海溝型の津波地震を福島県沖でも発生することを想定して計算していたのだからそれに従うべきだったとの考えを示す。
 島崎氏は福島県沖が空白域なのだから、三陸沖よりもむしろ地震と津波のリスクは高いと考えなければならなかったと指摘する。その認識は決して少なくない地震学者が持っていたことは確かだ。いわゆる「空白域」という表現は既に一般化していた。
   【下】に続く。


┏┓
┗■2.11/30伊方原発について規制委員会へ異議申し立て
 |  東京圏の皆さん、記者会見に応援をお願いいたします
 └──── 堀内美鈴(伊方原発50km圏内住民有志の会)

 11月30日に原子力規制委員会で「伊方原発3号機設置変更許可処分異議申し立て」の口頭意見陳述会が開催されます。
口頭陳述後の記者会見に、ぜひ多くの皆さまの応援をお願いいたします。

異議申立の「口頭意見陳述会」
 会議は非公開で、その経過や内容や結果については、原子力規制委員会の会議に諮られることもなく、原子力規制委員会のHP上でだけ公開されることになっています。
 「口頭意見陳述会」は陳述者以外は、申立人しか傍聴もできないようですが、口頭陳述のあと、記者会見を規制庁の記者クラブで行う予定です。
 こちらはどなたでも入れると思われます。ご協力下さい。

伊方原発3号機設置変更許可処分異議申し立ての「口頭意見陳述会」

【日時】11月30日(月)10時から16時30分
【会場(見込)】港区六本木1-9-9六本木ファーストビル内 原子力規制委員会
〈当日の陳述者〉
 草薙順一 (挨拶・住民防護等)10:00~10:20
 長沢啓行(評価の恣意的操作問題)10:20~11:20
 和田 宰(過小評価問題)11:20~12:00
 滝谷紘一(水素爆轟問題)13:30~14:10
 上澤千尋(衝突)(プルサーマル問題)14:10~15:10
 徳弘嘉孝(住民防護等)15:10~15:50
 和田 宰(住民防護・締め括り)15:50~16:30
【連絡先】伊方原発をとめる会  ikata-tomeru@nifty.com


┏┓
┗■3.裁かれるべきは国のあり方の方だということ
 |  あらためて沖縄近現代史から学ぶということ
 |  国による翁長沖縄県知事提訴から思うこと
 └──── 毛利孝雄(沖縄大学地域研究所特別研究員)

  11月17日、国は翁長沖縄県知事が行った「埋立承認取り消し」を違法として提訴した。以下、思うことを2点。
 ひとつ。裁かれるべきは国のあり方の方だということ。
 仲井真前知事の埋立承認を検証する第三者委員会委員を務めた桜井国俊沖縄大学名誉教授は、“オール沖縄”の意思を簡潔に次の3点で説明している。
 1.二度と沖縄を戦場にさせない
 2.豊かな自然を子や孫たちの世代に引き継ぎたい
 3.沖縄のことは自分たちで決める(自己決定権)。
  それは、沖縄戦と続く27年間の米軍統治を経た沖縄の到達点であり、沖縄という地域における憲法の実践・再生といえるものではないか。
 平和的生存権、自然環境との共生・保全、地方自治-これらは、3・11震災と東電福島第一原発事故そして戦争法と続いた中で、「本土」側こそが真剣に問わなければならないものである。
 対立は、国と沖縄にあるのではなく、国と主権者、国と地方自治という立憲主義・民主主義の根幹に関わるものとしてあるのだ。
 「国家」とは何か、「主権者」とは何か、「地方自治」とは何か、あらためて考える契機としたい。
  ふたつ。あらためて沖縄近現代史から学ぶということ。
  この1ケ月、沖縄が発するメッセージには印象に残るものが多かった。
 国の提訴を受けての翁長知事の会見-「県民にとって“銃剣とブルドーザー”による強制接収を思い起こさせるものだ」(11月17日)
 辺野古ゲート前への警視庁機動隊100名余の投入-「明治政府の琉球処分官が、軍隊と警察を率いて来琉した姿と重なる」(11月3日・沖縄タイムス)
 久辺3区への地域振興事業費直接交付-「米統治下で住民の懐柔策に利用された高等弁務官資金と何ら変わらない」(11月1日・琉球新報)
 いずれもが、琉球・沖縄の近現代史に重ね合わせて理解されている。「本土」でこのように受けとめた人はごく少数であろう。
 私事になるが、1999年に初めて沖縄を訪れるまで、私は6月23日が“沖縄慰霊の日”であることすら知らなかった。それは平均的「本土」人の姿でもあったろう。日米同盟は、その矛盾を沖縄にしわ寄せすることで維持・安定が図られてきた。国による沖縄提訴が、あらためて沖縄近現代史を学び直す契機となることを期待したい。
 辺野古新基地闘争は新たな段階に入った。
  「本土」こそが学び直す決意で、辺野古現地派遣・支援カンパをはじめ、それぞれの場で具体的に連帯の意思を示そう。


┏┓
┗■4.メルマガ読者からイベント案内(問い合わせは主催者へお願いします)
 └────

 ◆12/10【福島原発告訴団 国の責任も問う!東京検察審査会激励行動】

 「東電と旧経産省保安院の津波対策担当者計5名」について、東京第一検察審査会に申立て(「2015年告訴」)を行い、現在、審査が行われています。
 今年7月31日には、東京第五検審から、東電元幹部3名について「起訴相当」の議決(「2012年告訴」)が出され、いよいよ福島原発事故の責任を問う、強制起訴による刑事裁判が開かれます。
 「2015年告訴」の検審への申立てについても、「起訴相当の議決」をしてくださるよう東京第一検審への激励行動を行います!
 今年最後の検審激励行動です。
 起訴相当議決を求めて、声を上げましょう!

 (日時)12月10日(木)12:00から13:00
 (場所)東京地方裁判所前  *今回は院内集会はありません。
   福島原発告訴団
     ブログ? http://kokuso-fukusimagenpatu.blogspot.jp/
     メール:1fkokuso@gmail.com


┏┓
┗■4.新聞より
 └────

 ◆事故 終わっていない

  埼玉県狭山市、無職岡田幸雄さん(75)
 もう一度原発事故が起きれば、日本は終わりだ。政権は再稼働や輸出を進めているが、福島の海も山も汚染されたままだ。来夏には参院選があるが、原発について若い世代が考える機会になればと思う。

  茨城県つくば市、無職宍戸泰子さん(63)
 今春、事故後の福島の状況を学ぶ旅に参加し、大量の廃棄物が並べられているのを目の当たりにした。ここに来るのは、事故は終わっていない、という現実を自分に刻むためでもある。
          (11月28日東京新聞1面「金曜日の声・官邸前」より)

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