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Posted on Sunday, December 13, 2015 No comments

American Veterans for Peace Activist in Okinawa


Veterans for Peace Solidarity Action/退役米軍人ら連帯の座り込み抗議「辺野古にも高江にも新基地要らぬ」

Posted on No comments
両脇を抱えられて、機動隊車両と鉄柵による囲い込み場所へ連れて行かれるVFP
メンバー=11日午前7時24分、名護市辺野古
Thanks to Masami Mel Kawamura, who writes: Along with other local protesters, the VFP members were forcefully removed by Japanese riot police. Nonetheless, the VFP members' presence was a huge boost to the sprit of the local protesters. After regrouping themselves at the main gate of Camp Schwab, the protesters celebrated their solidarity with each other and their commitment to creating a peaceful world. 

基地内に入る米軍車両に新基地建設反対を訴えるVFP
メンバー=11日午前7時50分、名護市辺野古
【辺野古問題取材班】米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に反対する市民の座り込みが続く米軍キャンプ・シュワブゲート前で11日午前、米軍の退役軍人らで構成する平和団体「ベテランズ・フォー・ピース(VFP)」のメンバー11人が座り込みに参加した。旧ゲート前で英語で「辺野古新基地はいらない」「普天間飛行場の閉鎖を」「高江にヘリパッド要らない」と書かれた横断幕を掲げ、移設に反対する市民ら約80人と拳を上げた。

両脇を抱えられて、機動隊車両と鉄柵による囲い込み場所へ連れて行かれるVFPメンバー=11日午前7時24分、名護市辺野古  米海兵隊員としてイラク侵攻にも出兵したマイク・ヘインズさんは、機動隊員に抱えられて排除される時も「NO NEW BASE」と訴え続けた。  

新ゲートでも抗議デモと座り込みが行われ、VFPのメンバーがあいさつした。VFP全国組織の理事タラク・キャウフさんは、イギリスや韓国での連帯経験から「辺野古の反対運動は国際的な広がりを持っており、世界中で同じ闘いをしている人がいる。私も皆さんと一緒に闘い続ける」と激励した。  

早朝抗議行動にVFPが参加したため機動隊らは「日本人から排除。外国人は後」と声を掛け合い、慎重さを見せる場面もあった。  11日は、午前7時ごろと同9時ごろに砕石を積んだダンプカーやミキサー車などの大型車両13台を含む工事関係車両約20台が基地内に入った。  大浦湾海上では目立った海上作業は確認されていない。市民らは抗議船4隻、カヌー13艇で抗議行動を続けている。 【琉球新報電子版】

 FROM http://ryukyushimpo.jp/news/entry-186778.html

たんぽぽ舎です。【TMM:No2657】地震と原発事故情報-6つの情報をお知らせします

Posted on Monday, December 7, 2015 No comments
たんぽぽ舎
10:29 PM
たんぽぽ舎です。【TMM:No2657】
2015年12月7日(月)地震と原発事故情報-6つの情報をお知らせします
                           転送歓迎
━━━━━━━
★1.関西電力 高浜原発 本気でとめる集会 1200人
   原爆の材料の兵器級プルトニウムを作る「もんじゅ」廃炉集会 750人
           柳田 真(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
★2.失格電源の原発は電力改革で淘汰されていく!
   放射能汚染拡散策も電力改革で不可能に!
   書籍の紹介・『電力改革と脱原発』熊本一規著
★3.関西電力の都合と再稼働のための中間貯蔵地新設計画を許すな!
                木原壯林(若狭の原発を考える会)
★4.高浜―大阪 リレーデモ 関電は原発再稼働やめろ
   全原発の廃炉訴え200キロ
★5.メルマガ読者からイベント案内(問い合わせは主催者へお願いします)
  ◆12/20【樋口健二さん&アーサー・ビナードさんコラボトーク講演会】
   『ニッポンの記憶の半減期』~この国の真相を撮り続ける写真家と
   歌い続ける詩人が楽しく鋭く語ります スペシャルゲスト、山本太郎さん!
★6.新聞より3つ
  ◆高浜再稼働阻止へ気勢 福井で集会、1200名参加
                (12月6日県民福井2面より抜粋)
  ◆もんじゅめぐり専門家対談 抜本的見直し求める
                (12月6日県民福井2面より抜粋)
  ◆もんじゅ廃炉求め提訴へ 福井・滋賀住民、規制委を
                (12月5日東京新聞朝刊より抜粋)
━━━━━━━
※明日です!12月8日(火)第2回電力自由化問題連続講座
 「東電さん、さようなら講座」

 講師:熊本一規さん (明治学院大教授)
 日時:12月8日(火)19:00より21:00   参加費:800円
 会場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F)
━━━━━━━

┏┓
┗■1.関西電力 高浜原発 本気でとめる集会 1200人
 |  原爆の材料の兵器級プルトニウムを作る「もんじゅ」廃炉集会 750人
 └──── 柳田 真(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)

◎たんぽぽ舎と再稼働阻止全国ネットワーク10数名で、12月5日(土)2つの集会(ジョイント企画)に東京から参加しました。私の「もんじゅ」参加は、1995年のナトリウム火災以来、毎年通いつづけて20回目(20年目)になります。

◎「もんじゅ」集会は、繰り返され、かつ、たび重なる原子力機構の「もんじゅ」不祥事・機器の点検漏れ等々の中で、廃炉の声が高まり、絶好のタイミングでの開催でした。しかし、人数は「高浜本気でとめる集会」よりも500人ちかく少なく、「なぜだろう」と不思議に感じました。内容は、伴英幸氏(原子力資料情報室)と鈴木達治郎(前原子力委員会委員長代理)の対談、他でした。その要旨は他の機会に。(後段の新聞記事も参照)

◎高浜原発3.4号機の再稼働を本気でとめる全国集会とデモは、「もんじゅ」集会のすぐあと、すぐ近くの公園で開かれました。参加者は1200人。デモは10グループにわかれた福井駅近くまで行進。再稼働阻止全国ネットワークは、主催者の指示で単独で第4グループを形成し街宣車がついて、60人から70人で、新しく作った横断幕=「高浜原発再稼働反対・電気は足りている-再稼働阻止全国ネットワーク」を掲げて行進しました。青森や関西各県の再稼働阻止全国ネットワークの仲間が参加して人数が増えました。
 集会は、講談師神田香織さんの軽妙な司会で進行、主催者を代表して、中嶌哲演さん(明通寺住職)が熱弁、中央団体として、さようなら原発1000万署名アクションと原発をなくす全国連絡会の発言の次に、再稼働阻止全国ネットワーク代表として柳田(出身はたんぽぽ舎)が高浜原発を廃炉にするため、3つの点で電力会社を攻めようと主張しました。
 第1.高浜原発は危ない原発だ。基準地震動が620ガルと低く地震に耐えられない。津波想定も6.2mと低い。高い津波に耐えられない。
    かつ、プルサーマル運転で危険だ。プルサーマルを扱うと危険がずっと高まる。
 第2.戦争法案と原発は密接だ。原発ご三家(東芝、三菱重工、日立)は兵器生産でも大手企業だ。
 第3.来年4月から電力自由化になる。原発電気を選ばなくてもよいことになる。原発電気をやめるチャンスだ。原発電気でない新電力会社から買おう。契約変更は原発電気会社を攻めるいい運動になる。
 他に、福島の武藤類子さん、青森の中道雅史さん、高浜-関西電力本社リレーデモ実行委員会の木原壯林さん。

◎集会のあとのデモは福井駅ちかくで解散。そのあと、再稼働阻止全国ネットワークは、関西・北陸会議を開きました。東京の事務局も含めて30名弱が参加。熱気のこもった討論をレジメと資料に基づいて3時間おこないました。詳細は次号に。


┏┓
┗■2.失格電源の原発は電力改革で淘汰されていく!
 |  放射能汚染拡散策も電力改革で不可能に!
 |  書籍の紹介・『電力改革と脱原発』熊本一規著
 └────

  政府の「エネルギー基本計画」は原発を「重要なベースロード電源」と位置づけるが、原発がなくても電気は足りるし、原発は高コスト、かつ「ベースロード電源」の要件を満たせない失格電源である。
 そのうえ、電力改革に伴い、発電事業が自由化されるため、原発は淘汰されていく。同時に小売事業も自由化されるため、消費者は不買運動で原発企業を潰せるようになる。
 また国は、放射能で汚染された廃棄物の規制を大幅に緩和し、通常廃棄物と同様に処理・リサイクルを行なえるようにして、汚染を全国に拡散させている。しかし、こうした国の原発企業救済策も電力改革後には不可能になる。
 本書は、政府のまやかしの論理を理論的・実証的に論破し、脱原発・脱汚染こそが未来のエネルギー環境政策の基本であることを立証する。
           (以上、書籍の帯より) 緑風出版発行 2200円+税

 目次の紹介
 第1章 エネルギー基本計画を批判する
 第2章 電力システム改革とは何か
 第3章 電力システム改革は脱原発を促進する
 第4章 放射能汚染の拡散と脱汚染

☆明日です!12月8日(火)第2回電力自由化問題連続講座
 「東電さん、さようなら講座」

 講師:熊本一規さん (明治学院大教授)
 日時:12月8日(火)19:00より21:00   参加費:800円
 会場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F)


┏┓
┗■3.関西電力の都合と再稼働のための中間貯蔵地新設計画を許すな!
 └──── 木原壯林(若狭の原発を考える会)

◯関西電力の都合と再稼働のための中間貯蔵地新設計画を許すな!

   関西電力は、溜まり続ける使用済み核燃料の中間貯蔵地を、京都北部などの福井県外に新設する計画を公表した。
 これは、福井県外に中間貯蔵地を設定することで、福井の県民や自治体を納得させ、原発再稼働への同意を得やすくしようとする策謀である。
 ・関連新聞記事    (11月21日京都新聞より見出し)
  関電、福井県外に中間貯蔵 使用済み核燃 京都の自治体反発

◯若狭、関西、北陸、中部、中国など広域の住民の生命と財産を犠牲にし、司法の判断をないがしろにする高浜町長の同意を弾劾しよう!
 野瀬高浜町長は、「再稼働の同意権」を立地自治体以外に広げることに反対した(12月4日京都新聞)。周辺自治体住民の生命と尊厳を軽んじる許しがたい暴言である。
 ・関連新聞記事    (12月4日京都新聞より見出し)
   高浜町長、再稼働同意 3,4号機「国が責任、確認」
  国や関電説明必要 府知事  国回答の上判断 舞鶴市長


┏┓
┗■4.高浜―大阪 リレーデモ 関電は原発再稼働やめろ
 |  全原発の廃炉訴え200キロ
 └────

 「高浜―関電本店リレーデモ」が最終日の11月20日、関電本店前に到着。午後6時半から「関電包囲大集会」がひらかれ、1000人が集まった。
 主催者あいさつで、小林圭二さん(リレーデモ大阪実行委員会呼びかけ人)は、「このリレーデモは画期的な試みであった。これまで点でしかなかった声を線につなげ、地域地域での交流を深めることによって、点が面にひろがるという展望を持った一大運動となった」と振り返った。
 つづいて、リレーデモを各地で準備した5つの実行委員会(福井、滋賀、京都、高槻、大阪)から、それぞれ報告。さらに、5月に九州で「川内原発再稼働反対」の九州縦断デモをおこなった〈川内の家〉岩下雅裕さんが発言。

▼電力消費地から声を
 中嶌哲演さん(原子力発電に反対する福井県民会議代表委員)は「電力消費地・関西1500万人の声なくして、原発の息の根を止めることはできない」と消費地住民の奮起を訴えた。
 宮下正一さん(同・事務局長)は、「まわりに輝く電気(の光)を見て下さい。しかし今、関西電力の原発は1つも動いていない。これが事実なんです。原発がなくても電気は確保できる、経済は確保できる、これが今証明されている。原発の安全は、動かさないことが一番安全だ。高浜原発仮処分異議審での勝利をもぎとり、再稼働を止めよう。もんじゅを廃炉に、高浜を廃炉に、12月5日、全国集会(於:福井市内)に集まって下さい」と呼びかけた。
 最後にまとめをリレーデモ呼びかけ人の木原壯林さんがおこない、「リレーデモで点から線になった。この線を燎原の炎のごとく拡大し、電力会社、財界、安倍政権を震撼せしめ、彼らの原発への野望を根絶したい。原発は人間が動かしている。自然災害とは異なる。自然災害を止めることはできないが、原発は人間の意思で止められる。事故がおこってからでは遅い。全原発の即時廃炉をたたかいとろう」とアピールした。

▼高浜町から大阪市まで
 11月8日に関電高浜原発(福井県高浜町)を出発した「高浜―関電本店リレーデモ」は、再稼働反対を訴えながら200kmの道のりを13日間かけて歩きとおし、20日、関電本店前に到着した。
 リレーデモは、行く先々で予想外の歓迎を受け、玄関や軒先から手を振る住民、カンパを持って追いかけてくる方々、差し入れなどがあった。また、そのまま行進に参加し、一定区間同行した人たちもいた。再稼働に不安をもち、反対している人があちこちにいることがわかった。
 リレーデモ実行委員会によれば、賛同は個人295、団体59。参加者は13日間でのべ900人ちかく。全行程歩き通した人2人、1日だけ休んだ人3人。申し入れた沿道の自治体は17に及んだ。若狭から大阪まで、点であった原発反対運動を細いながらも線で結ぶことができた。この線は努力次第でどんど太くできるとことを実感した取り組みであった。 (機関紙『未来』12月3日号より転載)


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┗■5.メルマガ読者からイベント案内(問い合わせは主催者へお願いします)
 └────

 ◆12/20【樋口健二さん&アーサー・ビナードさんコラボトーク講演会】
  『ニッポンの記憶の半減期』~この国の真相を撮り続ける写真家と
  歌い続ける詩人が楽しく鋭く語ります
  けっして楽観できない日本のこれからを~
  「今年も 何もかも忘れちゃうのか!?」
  そして、スペシャルゲストに、山本太郎さん!

 ☆16時~受付開始と樋口さんの写真と貴重映像観覧タイム
 ☆16時半~17時半 樋口さん、アーサーさん、太郎さんの3人の
          talkディスカッション実現!
 ☆17時半~21時 休憩を挟みながら樋口さんtalk、アーサーさんのtalk

日 時:12月20日(日)16時~受付開始? 16時半開演? 21時終了予定
場 所:専修大学神田校舎7号館大学院棟3階
入場料:予約(前日まで)1500円、当日2000円、学生割引1000円
主 催:Mamademo(ママデモ)  E-mail:happymamademo@gmail.com
ご予約は、こくちーず
http://www.kokuchpro.com/event/e51b9fe7dd8e8fa32bb775947b439912/
よりお願いします
また、ホームページ(kenjihiguchi.jimdo.com)のメールフォームからどうぞ!


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┗■6.新聞より3つ
 └────

 ◆高浜再稼働阻止へ気勢 福井で集会、1200名参加

  関西電力高浜原発3.4号機(高浜町)をめぐり、再稼働阻止を訴える住民らの集会が5日、福井市花月一丁目の西公園であった。全国から参加した1200名(主催者発表)が再稼働しないよう求めた。 (中略)
 実行委の代表を務める「福井から原発を止める裁判の会」の中嶌哲演さん(73)=小浜市=は「取り返しのつかない被害地元になる前に立ち上がろう」と呼び掛けた。(中略)
 集会後、運転差し止めの仮処分決定の異議審の舞台となっている福井地裁前などをデモ行進した。
 敦賀市の高速増殖原型炉「もんじゅ」の廃炉を求める集会も同時開催。参加者は「無駄に危険なもんじゅは廃炉に」とシュプレヒコールを上げた。

  全国から集まる

  関西電力高浜原発3.4号機再稼働阻止を訴えた集会。全国から集まった各団体の代表者らが参加者とともに気勢を上げた。(中略)
 脱原発を目指す市民団体「たんぽぽ舎」(東京都千代田区)の柳田真さんは「来年4月から電力自由化となり、原発電力を買わずにすむ。原発を進める電力会社にとってそれが痛手になる」と述べた。
 最後に「福井地裁の運転差し止め仮処分決定を順守し、本気で止めるよう強く訴える」とのアピール文を採択した。
    (12月6日県民福井2面より抜粋)


 ◆もんじゅめぐり専門家対談 抜本的見直し求める

   高速増殖原型炉もんじゅ(敦賀市)の廃炉を求める全国集会が5日、福井市春山二丁目の市文化会館で開かれた。長崎大核兵器廃絶研究センターの鈴木達治郎センター長と原子力資料情報室の伴英幸共同代表が対談した。 (後略)
      (12月6日県民福井2面より抜粋)


 ◆もんじゅ廃炉求め提訴へ 福井・滋賀住民、規制委を

   福井県敦賀市の高速増殖原型炉「もんじゅ」をめぐり、同県や隣接する滋賀県などの住民が原子力規制委員会を相手取り、原子炉設置許可の取り消しを求めて年内にも訴訟を起こすことが分かった。提訴先は東京地裁が有力となっている。 (後略)
      (12月5日東京新聞朝刊より抜粋)

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琉球新報連載『正義への責任―世界から沖縄へ』が本になりました

Posted on Sunday, December 6, 2015 No comments
From Peace Philosophy Centre: おしらせ

11月は忙しさのため、このブログ開始以来、一か月間ブログが更新できないという記録を初めて作ってしまいました。このブログを評価して楽しみにしていてくれる読者の方々にお詫び申し上げます。ブログ運営人は元気にしております。このたび、昨年9月から2週に1度のペースで連載してい
琉球新報11月26日社告
る琉球新報の『正義への責任ー世界から沖縄へ』のシリーズが冊子になりました。米国をはじめとする各国の識者・ジャーナリスト・活動家らがそれぞれの立場や専門性から、沖縄の米軍基地過重負担という不正義に対する責任と行動を示すというシリーズです。この本には1-13回目が収録されています。筆者陣は、ピーター・カズニック、アレクシス・ダデン、ジョセフ・ガーソン、キャサリン・ルッツ、ハーバート・ビックス、キャサリン・ミュージック、ガバン・マコーマック、クリスティーン・アン、スティーブ・ラブソン、ポール・ジョバン、マーク・イーリー、ローレンス・レペタ、と私(乗松聡子)です。翻訳・編集も担当しました。沖縄の書店と、ジュンク堂書店で手に入ります。この連載は継続中で、この夏には、一昨年沖縄を訪れたオリバー・ストーンも登場しました。琉球新報のウェブ版には掲載されず紙面のみでの連載です。

★県外からは、丸善・ジュンク堂のネット本屋から注文ができます。http://www.junkudo.co.jp/mj/products/detail.php?isbn=9784897421933



このブログ、年末にかけて、強力な原稿をいくつかアップする準備をしておりますので、どうかご期待ください。

乗松聡子 @PeacePhilosophy

辺野古 抗議の男性けが 機動隊の頭ぶつかる

Posted on No comments
辺野古問題取材班】名護市辺野古への移設に伴う新基地建設で7日、米軍キャンプ・シュワブ前で抗議中の男性(36)の左目下に機動隊の頭がぶつかり、出血した。男性は頭のふらつきを訴えたため、救急車で搬送され、4針縫った。
 移設に反対する市民ら約100人は同日、米軍キャンプ・シュワブの旧ゲート前に座り込んだが機動隊約150人により力ずくで排除された。その際に、割栗石(わりぐりいし)を積んだダンプやクレーン車、コンクリート資材を積んだトレーラーなど工事関係車両20数台が基地内に入った。
 大浦湾の浜では作業員が重機の周辺に集まる姿が確認された。【琉球新報電子版】

from  http://ryukyushimpo.jp/news/entry-184324.html

沖縄をこれ以上追い詰めてはならない (松元剛氏(琉球新報編集局次長)

Posted on Sunday, November 29, 2015 No comments







安倍政権は政府が強権を発動し続ければ、いずれ沖縄が力の前に屈服するとでも思っているのだろう
か。
 米軍普天間基地の辺野古移設をめぐり、政府と沖縄県の対立が退っ引きならない状態に陥っている。
 政府は11月17日、沖縄県の翁長雄志知事を相手取り、ついに法廷闘争に打って出た。知事が辺野古沿岸域の埋め立て承認を取り消したのに対抗し、これを代執行によって撤回するための提訴だった。政府は既に、埋め立て工事を所管する国土交通省に対し、翁長知事の決定に対する不服審査を求め、国土交通相が知事の決定が効力を失ったとする決定を10月27日に発表している。また、基地建設に反対し、基地前で座り込みなどを行っている反対派住民を排除するために、「鬼の4機」として知られる警視庁第4機動隊を沖縄に派遣するなどして、徹底した対決姿勢を見せてきた。しかし、今回はいよいよ行政府としては究極の強権発動となる「代執行」にまで訴えたことで、もはや沖縄を抑え込むために安倍政権は手段を選ばない姿勢を鮮明にした形だ。
 沖縄の県紙「琉球新報」の松元剛編集局次長は、翁長知事に会おうともしなかった安倍首相の反応を見て、政府と沖縄県の全面対決は避けられないと当初から見ていたというが、その一方で、これほど早く政府側が強権を発動してくるとまでは予想していなかったという。その上で松元氏は、安倍政権が力で押さえつけようとすればするほど、沖縄の反発は強くなる一方であることを、政権側が理解できないことを不思議がる。
 
 しかし、今回、性急に法廷闘争に打って出たことで、安倍政権は更に多くの沖縄県民を敵に回したばかりか、辺野古での新基地の建設が、安全保障上の理由からの必然ではなく、単なる沖縄に対する差別意識に根差したものであることを、多くの人に気づかせてしまった可能性がある。安全保障上、どうしても沖縄に作らなければならないいうのであれば、ここまで明確に新基地建設に反対している沖縄側の言い分にもう少し耳を貸し、何らかの妥協を探る姿勢があってしかるべきだからだ。しかし、今回の提訴で安倍政権は、沖縄の民意を一顧だにしない姿勢を鮮明にしてしまった。松元氏は沖縄の人々の多くが、その根底に沖縄に対する差別意識が存在することを確信し始めているという。

 
そうした中、妥協点を探る動きも出てきている。米ジョージ・ワシントン大学教授で米・民主党政権に近い知日派ののマイク・モチヅキ教授と桜美林大学大学院の橋本晃和特任教授は「沖縄ソリューション」と呼ばれる妥協案を提唱している。これはアメリカ側の軍事的必要性を満たしつつ沖縄の立場にも配慮した現実的な妥協案と言えるものだ。具体的にはキャンプ・シュワブ内に小規模なヘリポートを建設した上で、オスプレイを本土の別の基地に移駐させることで、普天間基地の閉鎖を可能にするというものだ。これによって米軍が沖縄に求めている機能と役割を維持しつつ、本土もオスプレイを引き受けることで沖縄の人々の負担を軽減することが出来るのではないかとモチヅキ教授はいう。
 モチヅキ教授はアメリカ政府は日本側から現実的な代替案が示され、それが米側の軍事的なニーズを満たすものであれば、柔軟に対応する用意があるとの見方を示す。モチヅキ教授はまた、米政府内にも沖縄の民意を全く無視する形で新しい基地が作られることに不安を抱き始めている人がいるとも指摘する。
 しかし、それが実現するための大きな障害は安倍政権だ。安倍政権は辺野古以外はありえないとの立場を崩していない。また、モチヅキ教授らのソリューションを実現するためには、沖縄県外にオスプレイの駐機基地を見つけなければならない。沖縄に対しては強権を発動してでも新基地やオスプレイを押し付けることを辞さない安倍政権だが、果たして沖縄県外にその受け入れ先を見つけられるかどうか、また、そもそも安倍政権にそれだけの政治的な意思(political will)があるかどうかも疑問だ。
 松元氏はキャンプ・シュワブ内に新たなヘリポートを作る案は、ヘリポートの規模によっては山を削るなどの大規模な工事が必要となるため、環境負荷を理由に沖縄が難色を示す可能性があることを指摘しながらも、モチヅキ氏のような米政権に近い知日派の有力者から現実的な妥協案が出てきたことは歓迎すべきことだと語る。
 しかし、松元氏はまた、沖縄の状況はかなり切羽詰まっており、そう悠長なことを言ってもいられないとして、沖縄問題がこれ以上拗れた場合、日米関係にも深刻な打撃を与えるような事態に陥りかねない空気が沖縄県内に燻っていることへの警鐘を鳴らす。それは政府の非情な強権発動に対する沖縄の怒りが爆発した時、沖縄の民意が単に辺野古の基地建設への反対運動では収まらなくなる恐れが、現実的なものとして出てきているからだ。松元氏は現実的な脅威として、東アジアの安全保障上の要塞としての機能を持つ嘉手納基地に対しても、沖縄の人々が反対の声を上げ始めかねない状態にあるという。
 「沖縄ソリューション」を提唱している橋本氏も、これ以上、沖縄県民を追い詰めると、怒りの矛先が嘉手納基地の全面返還要求や、米軍そのものに対する反対運動に向かいかねないと指摘する。
 これ以上沖縄を追い詰めることは日本全体にとっても得策なのか。そもそも安倍政権の沖縄の民意との全面闘争に勝算はあるのか。米軍普天間基地の移設をめぐる辺野古の状況や、今回の政府と沖縄県の対立を沖縄の人々がどう見ているのかなどについて、ゲストの松元剛氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
 
松元剛まつもと つよし
琉球新報編集局次長
1965年沖縄県生まれ。89年駒沢大学法学部卒業。同年琉球新報社入社。編集委員、政治部長などを経て、2013年より現職。共著に『ルポ 軍事基地と闘う住民たち』 、『検証 地位協定—日米不平等の源流』など。


和解に向けて(Towards Reconciliation)~アジア太平洋戦争終結70周年~

Posted on Saturday, November 28, 2015 No comments
10月17日バンクーバーで行われた高嶋伸欣氏(琉球大学名誉教授)の講演に出て、高嶋氏にインタビューもしてまとめたレポート、地元のライター原京子さんによるものです。


原 京子

1017日(土)に、バンク―バー・ユニタリアン教会に於いて、日本より来加した高嶋伸欣氏を招いての講演会「和解に向けて(Towards Reconciliation)~アジア太平洋戦争終結70周年~」が開催された。
講演より。高嶋伸欣氏と、通訳の乗松聡子
(写真提供 BC ALPHA)

琉球大学名誉教授である高嶋氏は、元高校社会科教員としての経験を生かし、教科書執筆や教員養成に取り組むと共に、40年以上もの間、戦争の傷痕に学ぶマレーシア/シンガポールの旅を主催、日本軍占領時代の歴史や戦争の記憶の調査研究や出版にも関わってきた方である。

講演会では、40年に渡り東南アジアを訪れる中で、高嶋氏が人々と分かち合ってきた経験を伝えていただいた。会場には、中国各地、韓国、シンガポール、マレーシア、フィリピン、先住民、日系人、そしてヨーロッパ系カナダ人ら100人余が参加し、それぞれの立場から今後の自分自身の歩み方について、前向きに考える貴重な時となった
講演会の報告とともに、高嶋伸欣さんがこれまで歩んでこられた人生について、レポートさせていただこうと思う。そこには、教員として、歴史家として、そして人間の生き方として、私たちの学ぶべきものが多くあるからである。

Ⅰ 社会科教員としての歩み
1910年 高嶋氏の父、高島信太郎と妻ハナ
(パスポート写真)
19424月、太平洋戦争が始まって数か月の時に東京・杉並に生まれた。幼かった高嶋氏自身には、辛い戦争の記憶はあまりない。父親はバンクーバー郊外のリッチモンド市ステイーブストンの日本語学校の初代校長として文部省から派遣され、191012月から10年間をカナダで過ごしている。バンクーバーは、高嶋氏にとって特別な思いのある場所だったそうである。(今回の来加時に、高嶋ご夫妻は現在も存続しているステイーブストン日本語学校を訪問された。)

大学時代、地理学を専攻していた高嶋氏は日本全国を旅して回った。九州から北海道まで、各地を見聞した。農村の人々と話す機会もあり、戦後に海外の植民地から引きあげてきて農業を営んでいる人たちに出会った。この人たちは、急斜面や泥炭地など普通は農地にしないような場所で農業をしていかなければならない状況にあった。「日本の社会にこんな苦しんでいる人がいるのだということを、社会の授業では聞いたことがなかった。そういう勉強ができる場を作りたいと思いました」。こうして高嶋氏は、社会科の教員への道を歩み出すことになる。

大学院在学中から、正しいと信じたことはとことん主張した。相手がたとえ教授であっても妥協せず、納得のいくまで議論を重ねて真実を追及した。そんな高嶋氏の気骨ある精神が評価され、東京教育大学(現・筑波大学)付属高等学校の社会科教員に採用される。
主体性を持ってユニークな教育を行っていた社会科教員のグループの中に入り、“教科書通りの授業をしない”という方針のもと、充実した授業作りに専念した。

教科書を使わず独自のプリントを使う授業をする中で、生徒の中から“自分の都合のいいところだけを取り出して教えているのじゃないか?抜き出している部分の前後を見せてほしい”という厳しい要望が出たことがあった。納得してもらうためには、さらに勉強し生徒を納得させる“証拠”を示していかなければならない。すべての授業が真剣勝負である。「権威ある学者が言っているから、とか、教科書に載っているからではだめなのです。自分の頭で考えて納得してもらえる授業作りをしなければなりません」。30年もの社会科教師としての経験は、高嶋氏を知る上では切り離せないものである。「歴史というのは、年号を覚えるだけじゃない。そこにどんな人がいたか、どうしてそうなったか、それがどんな意味もつのか、それを考えることで歴史が立体的に見えてくるのです」。そして、そこからまた現在の私たちの進むべき道も見えてくるのである。

Ⅱ 東南アジアとの関わり
東南アジアのイメージがどんなものか、生徒からアンケートをとったことがある。経済的に貧しい、犯罪が多い、不衛生、文化水準が低いなど、大人のアジア観がそのまま映し出されていた。”能力的にも日本は優秀だ“という間違った思い上がりをなんとかしなくてはならないと思ったが、いきなりそのことを言っても答案やレポートで要領よく答えるだけで、解決にはならない。どうしたらわかってもらえるだろうかと考えていた。

1975年、東南アジア訪問の機会がやってきた。兄がバンコク(タイ)の大使館に赴任し、そこを夏休みに訪ねた。バンコクから国際列車でマレーシアに行き、授業の教材とするスズ鉱山やゴム園などの写真を撮るのが目的だった。

食堂に入り食事を頼んでいると、ひとりの人が近づいてきて「日本人か?」と尋ねる。そうだと答えると、「このあたりで、日本人が住民を殺したのを知っているか?」と言う。そういうことはありうるだろうと思いながらも、「知りません」と言うと、その人が街中の追悼碑に連れて行ってくれた。文字の拾い読みだったが、確かに日本兵が虐殺を行ったいきさつの記されている追悼碑であった。

日本に帰国して調べてみたが、資料がまったくない。当時、東南アジアの日本軍の戦跡を扱っていた研究者や記者は、ほとんどいない状態だった。「これは、自分で調べるしかないと思いました」。この時から、高嶋氏の毎夏の東南アジアの訪問がはじまった。

2014年8月15日、クアラルンプール市内の追悼式で

初期の頃は、レンタカーを借りてひとつひとつ墓地を訪ね、虐殺のあった現場にも一人で行くことが多かった。「なぜ日本人がここに来たのか?」と責められ、石を投げられたこともある。しかし、「日本人の中にもこういう人がいるのだから」と守ってくれる現地の人もいた。訪問を続けていく中で、「学校教師として、日本の侵略の事実を日本の生徒たちに正しく伝えたい」ということが少しずつ理解してもらえるようになり、情報集めに協力してくれる人が現れてきた。現地の若い新聞記者たちの中にも、「日本人がやっているのだから、地元の我々自身が調べていくべきだ」という動きが出てきて調査が進むようになり、現在ではマレー半島、シンガポール、東マレーシア(ボルネオ島)の各地で、日本軍による住民虐殺の追悼碑・墓地が70か所以上も確認されている。

日本人の教員仲間からも、一緒にやろうという人が出てきた。1982年には、教科書検定で日本軍の“侵略”を”進出“に書きかえさせたという出来事があり、中国や韓国からの抗議が強く起こっていた。「このことに関しては、我々ひとりひとりにも責任がある。間違った教育はしないで、教科書に書いてある無しに関わらず、真実を伝えていこう」という教員仲間らが集まり、1983年から“東南アジアに戦争の傷跡を訪ねる旅”を始めることになった。第1回目には、30名以上の参加者があった。このツアーは、今年の夏で41回目を迎えた。 

Ⅲ 講演会「和解に向けて」より
1017日の講演会では、高嶋伸欣氏のこれまでの調査結果や経験が紹介された。語りつくせない中からのほんの一部であるに違いないが、たいへん印象深いものであった。

*歴史修正主義に対抗していくには
戦後の日本は、憲法により二度と戦争はしない国になったと説明をしているが、近隣諸国では、“日本には軍国主義が残っている”という警戒心を持ち続けていることを、東南アジアに行くと痛感する。日の丸、軍旗、靖国神社などは、辛い戦争の記憶を思い起こさせるものであることに、日本人自身は気づいていない。

シンガポールのリー・クワンユー首相は、1990年の講演の中で「日本の社会の指導者たちが戦争を知らない世代にすっかり入れ替わった時には、再び軍事力を強化する国になるだろう」と予測して、世界中に注意を呼びかけた。
シンガポールの新聞『聯合早報』に載った
リー・クワンユー首相の言葉


現在、その予測通りのことが起きているが、日本国内ではそのように世界から見られていることに、ほとんど気づいていない。

日本軍が戦争中にどのような加害行為をしたか、マスコミや歴史教育で伝えてこなかったことがひとつの原因。また、歴史的な事実を歪めたり隠したりする「歴史修正主義」が、一部の政治家やマスコミによって力を持ってしまっていることも大きい。1983年からは教員や関心のある一般の人・高校生から参加者を募って、“東南アジアに戦争の傷跡を訪ねる旅”を始めることになった。こうした歴史的事実の歪曲や隠蔽に対しては、ひとつひとつ調査を重ねていき証拠を挙げていくことが必要なのである。

*誤った歴史の認識
太平洋戦争は、真珠湾で始まったと一般に認識されているが、実はマレー半島から始まっている。

日本軍の真の目的は、石油・鉄鉱石などの資源をもつ東南アジアを手に入れること。そのための侵略戦争であった。真珠湾奇襲の前に、マレー半島のコタバルで開戦していたことは、歴史家の間では認められている事実である。東南アジア占領を邪魔するアメリカ海軍の根拠地である真珠湾を奇襲したにすぎないが、そこから開戦したように言われているために、太平洋戦争の目的が本当は東南アジアの侵略であったという事実を、見落としてしまいやすくなっている。

現在の日本の歴史教科書には、マレー半島から侵略を開始した日本軍による加害の事実が具体的に記述され、住民虐殺の追悼碑の写真も掲載されるようになった。真珠湾攻撃よりもマレー半島での戦闘開始が早かったことも、大半の教科書に記載されている。少しずつ歴史の事実が伝えられてきているが、高嶋氏らがこれらの事実を指摘し始めてから正確な記述がなされるまでに、30年以上の時間を要した。(高嶋氏は、政治力に左右される教科書検定制度に違法性があるとして、1993年に文部大臣を被告とする教科書裁判もおこしている。)

*日本軍の行った虐殺の証拠
日本軍は“敵性華僑狩り”(Hunting of Enemy Chinese)という軍事作戦をシンガポール・マレー半島で行っていた。「人目につきにくい場所にいるすべての中国系住民を(女性・子供・老人も含めて)その場で殺害せよ」というものである。明らかに国際法(ハーグ陸戦条約・1907年)違反である。
広島の陸軍歩兵第5師団第一大隊第7中隊の公式記録
『陣中日誌』

高嶋氏らは、これらの虐殺が軍の公式命令によるものであった証拠を1987年に日本で発見した。広島の陸軍歩兵第5師団第一大隊第7中隊の公式記録『陣中日誌』である。この中に、日本軍が毎日行っていた虐殺の様子が、具体的かつ明確に記述されていた。
現在では、東南アジアでの日本軍による住民虐殺を、歴史修正主義者でも否定することはできなくなっている。

*和解に向けて
長年に及ぶ高嶋伸欣氏らの地道な働きにより、埋もれていた歴史が堀り起こされ、また加害者として認識されていた日本人と現地の人々との間に信頼関係が築き上げられてきたことは特筆に値する。

・スンガイルイ(Sungai Lui)集団墓
19428月、マレーシア・ネグリセビラン州の田舎町スンガイルイに突然日本兵が現れ、村人を集め、中国系住民だけを並ばせて機関銃で撃ち殺すという事件があった。その後長く密林化していた犠牲者368人の墓が、1984年に見つかった。

戦時下の日本軍は、中国系、マレー系、インド系の住民を互いに反目させる民族分断策をとっていたため、そのしこりがマレーシアには今でも残っているという。スンガイルイ墓地を訪れる中国系の人々を、現地のマレー系農民が嫌い、一時は警察が常駐するほどの険悪な事態にまで及んだ。しかし、マレー系の村長・ムヒデイン氏が「民族や宗教は違っても死者を葬る墓の尊厳に変わりはない」と住民を説得し、墓のある土地を墓地公園用地として譲ってあげようということになった。ムヒデイン氏は、16歳の時に、駅前広場で中国系住民が虐殺されるのを目撃しており、高嶋氏らにその体験を涙を流しながら語ってくれた人だという。

墓地の整備にあたり、日本国内にも「加害者側の日本人として償いたい」と呼びかけたところ、個人や団体から寄付が寄せられた。事件の加害者であった日本側からの寄付の申し出は、断られることも予想されたが、中国系の村長・林氏は「喜んで受ける」と言ってくれて、和解と協力のもと、現在スンガルイ集団墓はきれいに整備され守られている。
橋本和正さん家族と、スンガイ・ルイの林村長(右)
2015年8月(写真提供:鈴木晶)

・橋本和正(はしもと かずまさ)さんのマレーシア訪問
スンガイルイ虐殺の日本軍指揮官で、戦後に戦犯として処刑された橋本忠少尉の甥・橋本和正さんが、20128月第38回目のマレーシア・ツアーに広島から参加した。甥として戦争責任を忘れられないと追悼行事に参加したが、どんな仕打ちを受けるかと心配もしていた。ところが、「辛い立場であるのに、よく来てくれた」と歓迎され、「この事実をきちんと語り継いでいって欲しい」という林金發村長と固い握手を交わした。3年後の今年に、橋本さんはご家族と共に再びツアーに参加しスンガイルイを訪問している。

・被爆者沼田鈴子さんのマレーシア訪問
広島在住の沼田鈴子さんは、1989年のツアーに参加した。ご自身が被爆者であり、建物の下敷きとなって片足を失っている。「原爆投下の3年前に、地元広島の部隊が行ったマレーシアでの行為を知り、被爆者としてでなく、加害者として謝りたかった」という沼田さんの現地でのスピーチに、そこに集まっていた参加者全員が総立ちになり駆け寄って歓迎するという、感動の場面に高嶋氏は立ち会った。(沼田さんのマレーシア訪問についての詳細はこちらへ
沼田鈴子さん

Ⅳ 高嶋伸欣先生から学んだこと
今回、高嶋伸欣氏のお話しをうかがい、改めて痛感させられたのは、“正しい歴史を学ぶことの大切さ”である。

私自身、自分の受けた教育の中では日本の戦争責任について学んだ記憶がない。私事であるが、私の夫は在日朝鮮人であり、結婚するにあたり夫の家族から「日本人だから」という理由で猛反対を受けた。はじめは、なぜ日本人だという理由で反対されるのかと憤りを感じたりもしたが、そこで初めて自分で歴史を勉強してみて愕然とした。日本軍の犯した過ちにより、どれほどの痛み苦しみが現在にまで残されているのかを知り、日本人として打ちのめされる思いだった。ショックではあったが、そのことを踏まえて、時間をかけて少しずつお互いの人間関係を作り上げていくことにより、今は亡き義父・義母と、とても良い関係を作り上げることができたと思っている。まず、事実を知り、受け止めることが第一歩なのだと思わされる。

日本の中にいると、他国の歴史に気を遣わずに済まされてしまうことが多い。今回講演会の行われたバンクーバーは、多民族が共存する多文化都市であり、講演会会場にも様々なバックグラウンドの参加者がいた。被害者である中国系の参加者、加害者である日系の参加者が、隣同士に座っているということが起こる。それが、当たり前の光景なのである。
一歩日本という国の外に出れば、私たちは嫌でも“日本人”としての看板を下げなければならない。日本人としての歴史について、「知りませんでした」では済まされない場面に出会うことも多い。公園のベンチに座っていて、たまたま隣に腰かけていた中国系のご婦人に、「あなた、昔、中国で日本人が何をしたか知っている?」と問われる、ということが実際に起こる。こんな時に、歴史を知っていて対応できるか否かで、本当に大きな違いがある。

国際化が叫ばれる現在、日本人として自国の歴史に無頓着ではいられない。“知らない”ということは、時に人を傷つけ、亀裂を深めることになる。”知らない“ということは、大変無責任で恥ずべきことだと思う。

帰国時バンクーバー空港で
高嶋伸欣・道夫妻
また、今回高嶋氏から教えていただいたのは、「和解はできる!」という希望のメッセージだった。長年に及ぶ地道な働きの中で、高嶋氏が積み上げてきた地元の方々との信頼関係は、胸に迫るものがあった。気の遠くなるような、丹念な誠実な作業の積み重ねであったに違いない。高嶋伸欣氏らの誠意と努力がしっかりと受け止められているということは、私たちにとって大きな希望である。信念をもって歩まれている高嶋氏の人生から、多くを学ばせていただいた。

「反日」なる言葉が氾濫している昨今である。日本に都合の悪いことを指摘する人を、すべて「反日」とする傾向である。過去の過ちに蓋をして、日本があたかも非の打ちどころのない国とすることが果たして「愛国」なのだろうか?

ネット上で高嶋氏を「反日」と呼ぶ投稿を見る。日本軍の傷痕を、真実を掘り起こすことによって、このようにして、現地の人々との信頼関係を築きあげ、“日本”というかつて加害者であった国への恨みを和らげ、日本人の悪いイメージを改善させてきた高嶋氏を「反日」と呼ぶのは大きな間違いである。

真の「愛国者」であるのなら、正しい歴史を受け止め、その上で日本という国の価値を高める努力をするべきではないか。間違った愛国、間違った歴史認識は、ますます日本の評価をおとしめることになる。高嶋氏たちのような誠実な働きの積み重ねこそが、「日本」という国を草の根から再認識・再評価されるように動かす力なのだと感じる。

現在の歴史修正主義の横行、日本政府の方針は、「日本人としての責任問題である」と、高嶋氏は指摘する。私たちひとりひとりが日本人としての自覚を持ち、自分たちの歴史に責任を持たなければならないことを痛感させられた。そして、各自が新たなる一歩を踏み出さなければならない。

最後に、遠く日本からバンクーバーまで足を運び、私たちに力強いメッセージを届けてくださった高嶋伸欣先生、志をもった教員の方々が作り上げられた素晴らしい教科書・『ともに学ぶ人間の歴史』(学び舎発行)をご紹介くださったおつれあいの高嶋道先生、今回の企画を主催してくださったアジア太平洋戦争終結70周年バンク―バー実行委員会の皆様とピース・フィロソフィー・センターの乗松聡子さんに、心から感謝いたします。

はら・きょうこ
フリーランス・ライター。神奈川県出身。1990年、在日コリアンの夫と結婚。1994年、渡加。現在は、バンクーバー郊外に在住。異文化の中での5人の子供の子育ての経験を通して、主婦として母としての視点から、情報を発信。バンクーバー九条の会・会員。平和を考える会「White Rock の会」・共同主催

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